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あなたのためのあなたの火

  • ゲスト川崎 純性 (六波羅密寺 住職)
  • 聞き手岡田 兼明(日本燐寸工業会 理事・大和産業株式会社 代表取締役社長)/ 加藤 豊(燐票蒐集家・グラフィックデザイナー)
【ゲストプロフィール】
真言宗智山派六波羅蜜寺の第65代住職。 日本スリランカ仏教福祉協会理事。 京都・六波羅蜜寺は天暦5(951)年 醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創されたお寺。本堂は重要文化財。ほかにも、定朝作の地蔵菩薩をはじめ、空也上人像、平清盛像、運慶像、湛慶像など約2300もの重要文化財を有している。

六波羅蜜寺:http://www.rokuhara.or.jp/

今日はマッチの話をしようということですが、今では銀行でもマッチをくれないですね(笑)でも、我々はわざわざ買っているんですよ。
川崎
岡田
ありがとうございます(笑)
うちでは、以前、ロウソクに火を灯すのに、火が消えにくいライターを置いたんですよ。風よけがついたのを。 でもだめなんですね。信者さん達はどうもライターで火をつけるという事 に抵抗があるようです。 つまり、1回1回が自分だけの新しい火じゃないとだめなんです。 マッチは1本1本のマッチ棒で火をつけたらそれは新しい「火」でしょ? でも、ライターはカチカチと1回ごとにつけても新しい「火」という感じがしないらしくてね、「マッチないですか?」ってよく言われる(笑) こちらとしては、本当はマッチの後始末のことを考えると怖いのですが、無いと怒られますからね(笑)
川崎
加藤
ああ、確かにそうですね! 1本づつ軸が違うので、マッチで火をつけると「新しい火」という感覚 はありますね。
岡田
以前、銀座のクラブに行ってね、あそこでたばこを出すと大概マッ チで火をつけてくれた。あるいは、とても上等のライターか。決して100円ライターなんかは使わないよね。それはね、あなたのためのあなたの火っていうことでしょ? それと、必ずマッチが出てくるところは京都ではお茶屋さんですね。 屋号が入ったマッチ。こういう所でも1本1本が一人一人の火ということ を大切にしていますね。(笑)
加藤
なるほど。 100円ライターといえば、これが登場してからは、それまであった、いい意味での差別化がなくなってしまった気がするんです。 私なども若い頃はデュポンやダンヒルとかの高級ライターは持っていなかったから、どんな時でも100%マッチでしたね。そしてお金持ちはしっかり高級ライターを使う。それでよかったと思うのです。 ところが、100円ライターが出て来たら、安くて便利ということだけでみんながそれを使いだす。みんなが並になっちゃった。そういう「差別化がなくなる、ファッション性がなくなる」ということはいいことなんだろうか?と、デザイナーの立場からも疑問に思います。
岡田
昔、先代の方々はお灯明とかはどういう方法でされてたのしょう?
「浄火」といって朝、火をつけるんですけどね、昔は何らかの方法で火をつけたのでしょうけど、近年はずっとマッチだったと思いますよ。 一番最初につける火がご本尊さんのお灯明ろうそく2本。それが朝一番の最初の火です。それを石の筒の中にあるロウソクに移して、「浄火」としてご本尊さんから移した火ということで他のところに次々とつけていく。
川崎
岡田
朝一番という何時頃?
お務めはもっと早いのですが、うちは本堂にセキュリティシステムが入っているから7時半ころかな? お寺の火災の一番の原因はロウソクとお線香なんですよ。だからうちのお坊さんは1日の最後にお堂の中に入っている「香炉」に指を入れて確認するんです。少しでも温かければ、まだ火が残っているということですから。 うちのお寺には約2300もの重要文化財があるんです。だから、そのくらい神経質にならなかったら重要文化財を守れないのです。
川崎
加藤
わー、2300もの重要文化財があるのですか?!
そう。だからその維持だけでも大変なのですが、安全性にも相当神経を使います。 そもそも、仏教にとって、仏様とか供養のための「火」はとても大切なものなのです。 でも、そういった礼拝施設や文化財をだめにするのは、水や風より火なんですね(笑) だから裏腹なんですけれどね。 仏教だけでなく、「宗教」と「火」というのはとても強いつながりがあると思います。 キリスト教も、イスラム教も、「火」というのは宗教的に重要なものだと思うですね。 だからどの国も「マッチ」と「宗教」は切り離せな いんじゃないですか?しかし、危険も伴う。
川崎
加藤
マッチの保管方法にも気を使いますよね。
当面、必要な量だけ一カ所、安全な耐火用の箱に保管してあります。 ところで、マッチの軸は伐採など環境上の問題はないのですか?
川崎
加藤
あれはアスペンという木を使ってまして、生長が早く、伐採しないと くさってしまう木なんですね。 だから森林伐採など環境上の問題もないんです。伐採のことだけでなく、マッチはすべてが安全に土に還るので、逆に地球環境にやさしい商品とも言えます。
ああ、そうなんですか。それは知らなかったな…。 マッチというのはいつごろから日本で使われているのですか?
川崎
加藤
昨年がちょうど国産マッチ創業130周年だったのです。 そこで、当時面白い話があって、明治期マッチが日本の一般家庭に普及する前にある問題が起こったんですよ。変な噂がたって。マッチは「燐(りん)」を主剤のひとつとして使っていますが、人間や動物の骨の成分にも「燐」が入ってますよね。それが発端となって、マッチという新しい発明品は人間や動物の骨を使って作っている!マッチは「不浄の物 」だ!という噂がたったのです。 そこであわてたマッチ会社は、その対策として「神佛燈火用」というキャッチコピーをつくって宣伝した。 つまりマッチは不浄ではなく清浄の火だと。 それで、お寺がマッチを使い出すようになり、一気に庶民生活にも浸透していったといういきさつがあるんです。
ああ、なるほどね。お寺の何何といったらみんなが納得して使うっていうものはいっぱいありますよ。 また、同じ物でも、例えば、ある全く同じ布を「ハンカチ」と名付けたら、みんなハンカチとしてしか使わないし、「ふきん」と名付けたらふきんとし てしか使わない。今おっしゃった「神佛燈火用」と刷られたマッチは、もしすぐ手の届くところにあっても台所用としては決して使わない。 その辺が日本人って面白いなぁーと思いますよね。
川崎
加藤
今年の正月にマッチの展覧会がありまして、そこであるデザイナーさんが 面白いマッチをつくりましてね。 おしゃれなアクリルケースに15本の長軸マッチを入れて売るんです。 それは、毎年お誕生日に1本だけ使うマッチ。年齢によってロウソクの数が多くなるから、1本のマッチで全部のロウソクを灯せるように長い軸にしたものなんです。1本1年1回だけ使う。15年使えて、それで3,000円(笑)
ああ、わかる。それが3,000円でも買う人はきっといますよ。 日本はそういうものが売れる心の余裕がある文明国なんですよ。 付加価値を大切にする。 そういう意味では、日常品としての役目はそろそろ終っているけれど、嗜好品としてのマッチの活用法っていうのは、加藤さんのようなデザイナーさんの力によるところが多いんじゃないですか?
川崎
加藤
今日は面白いものを持ってきたので、見てください。 これは(手前)約100年前のマッチです。今でも火がつきますよ。 上の方が先日130周年記念の時につくったその復刻版です。 そして、これが線香マッチ。お線香の先にマッチの頭薬部分がついている ので、こすって火をつけたらそのままお線香として使えるんですね(笑) これは昭和19年ごろの戦時中、物資がない時の松葉マッチ。 軸にする木材がないから油分を含んだ松葉を軸の代わりに使ってる。 これは作る方も使う方も骨が折れますよね。
岡田
へー、加藤さん、よくこんなに古いマッチお持ちですね。 どこで手に入れるのですか?
加藤
骨董業者からや神社の骨董市を一生懸命探したんですよ(笑)
私はね、火を使うロウソクとか線香とか、すごく儚い(はかない) 感じがするんです。「もののあわれ」を感じる。 それはマッチも同様。 ライターには感じないけど。(笑) だからこそ、宗教的な意味で言うとマッチはなくなってもらっては困る物なんですね。 それに、何度もいいますが、「あなたのためのあなたの火」を灯せるのはマッチだけだと思いますよ。
川崎
六波羅蜜寺について 六波羅蜜寺は、天暦5(951)年、醍醐天皇第二皇子光勝 空也上人 により開創された西国第17番の札所。 空也上人は都に流行していた悪疫退散のため、自ら十一面観音を刻んで車に安置し、市中を曳き廻り、病人に茶を授け歓喜踊躍して病魔を鎮めたという。 応和3(963)年には当時の名僧600人を請じ、諸堂の落慶供養を盛 大に営んだという。 当時は寺域も広く、平氏の邸館や鎌倉幕府の 探題も置かれ、源平盛衰の史跡の中心だった。 六波羅蜜寺は藤原、鎌倉期の文化財の宝庫といわれており、本堂は重文。そのほか、「地蔵菩薩立像」、「平清盛坐像」、「運慶 坐像」、「湛慶坐像」、「空也上人立像」など、重要文化財に指定されている多数の仏像や文化財が本堂の裏手にある宝物館に所蔵されている。